仙台秋田花火ツアー終了・後編

d-chiba2012-09-02

●8月25日・大曲花火大会
渋滞が怖かったので、早々に朝10時に秋田市を出発、午前中に大仙市大曲の鬼平宅に到着。
大曲での仕切りは鬼平氏にバトンタッチ。寛さんの身内の方も合流し話が尽きない中、俺は一寝させてもらい(笑)
午後3時頃から、歩いて15分位の花火師日本一を競う大会会場へ。

途中、JETヒロシから話を聞いていた「ババヘラアイス」に遭遇。秋田名物?婆々がヘラでピンクと黄のアイスを盛ってくれる。当然夏限定の仕事だろう、花火大会はもちろん沢山、翌日の八郎潟でも田んぼの真ん中の交差点で見かけた。暑くて大変な仕事だ。

地元の人が「バラ作ってよー」と言ったら、「今日は忙しいからバラは手間だぁ」と言いながら作ってくれた。味は普通にシャーベットアイスだが、こういうの嬉しいね。


酒とツマミを買い込み、いよいよ花火大会。河原は予想以上に大勢の人。翌日の新聞には76万人とあった。東北の田舎町に、年に一度これほどの人が。人口の何倍だ?この一日に賭ける大曲の想いたるや・・・。
鬼平の親戚が取っていた場所にお邪魔して(感謝!!)、良い場所ブルーシートでだらけながら花火を満喫。なすがっこ(茄子ともち米の漬物)等いただきながら。

さすが競技会だけあって、祭の中にも技を競う心地よい緊張感が続いた。
あんなに色も形も凝った花火達を見た事が無い。そのすぐ脇を月が輝き続けた。花火は儚いが月は強えなぁとも思いながら。

イベント後半の大会提供花火(一番ゴージャス)を見て、俺らは帰ることにした。全部終わって帰ると歩けないくらい混むらしい。

夜10時頃鬼平宅に戻り、さすがに皆満喫&ヘバって寝る方向に。


●8月26日・八郎潟ぴっといん丼丼
朝、鬼平作の秋田名物・納豆汁が飲み疲れた胃腸に沁みる!(笑)
寛さんと別れ、俺とJETと鬼平八郎潟へ。秋田市経由で1時間半くらいか?本日のライブ会場、ぴっといん丼丼・みそ屋麺助へ。八郎潟脇の国道沿いドライブイン、脇はひたすら田んぼ。昼時行ったら家族連れや運ちゃんや高校生で混んでいた。
とりあえず機材を降ろしラーメン頂き(噂通り美味!)。そして釣り対決!鬼平お薦めの釣り場に向かう。八郎潟は元々琵琶湖に次ぐ巨大な湖、が明治維新後干潟化され、中央に広大な稲作地、周辺に水路としてドーナツ的に残っている。
湖を干潟化しただけに、ひたすら平地で道はまっすぐ。まるで北海道。
俺は以前から、なぜ淡水海水入り混じって豊かな漁場の八郎潟を干潟し農地化する必要があったのか?疑問だった。寛さんとも道すがら「当時の明治政府の、地方の拠点を潰す目的なのでは?地方勢力台頭を恐れて」と話し合った。
実際行ったら、しっかり目的通りの巨大稲作地は機能しているようだ。が、秋田は近々減反政策の対象だと聞いて、また複雑な気持ちになった。
で、釣り対決。対象はブラックバス。俺的には食えない魚を狙うのはなんか切ないが、皆ルアーを投げ出したら集中。なので写真は一枚も無し、撮る暇無し。そして全員撃沈(ボウズ)・笑。

近くの温泉に行き汗を流し、丼丼に戻りセッティング&リハ。
広い座敷にギターアンプとベースアンプ(ボーカル用)持込み、完全手作りイベント。リハ中から既に宴会客が・笑。

開演。トップ鬼平。既に盛り上がっている宴会客(2団体、15人位か)相手に、苦戦の模様。「はたはた」は食いつき良かったんだがなー。
チバ大三。鬼平を観ながら演目再構築。一昨日に急遽作った「大曲花火大会」からスタート。オリンピック曲でカバー「ゴッド・セイブ・ザ・アナウンサー」、bigAスーパー大感謝祭の替え歌「ぴっといん丼丼大感謝祭」。ご当地ネタと時事ネタ連続で、我ながらアザトイが、とにかく明解に注意を引く展開にした。おかげで後半の「ぽんぽん」や「石原」を酔い客に聴かせれた気がする。
俺ライブ終了時に「いよいよお待ちかね!八郎潟が生んだスーパースター、JETヒロシ登場!!」と言ったら、「ヒロシは男鹿だべ。チバさん言い直せー」と。お隣だ(俺は同地域と思っていた)が、その辺のこだわりはイナカならではで、嬉しくも思った。終わってすぐテーブルに挨拶に行ったら「いいから休め、なんか食えェ。そんなヒョロヒョロで叫んでたら倒れるってョォ」と。秋田の人は東北の中では一番、初対面でも開いている感じがするなぁ。
そしてJETヒロシ凱旋ライブ。酔っ払いオヤジばかりの中で「ヒロシ、もっと酒美味くなるのやれぇ〜」とか野次られながらも彼は元気に楽しく演り切った。
凱旋ライブが一番難しいよな。地元捨てて東京行ったヤツ、という前提が付きまとう。よほど、成功して売れて全国TVにも出てます!なら違うだろうけど。でも野次られながらどこか愛されているヒロシを、羨ましく思った。


ヒロシのライブ中から、俺や鬼平が居るテーブルに丼丼の大将が来て「みたね巻」を振舞ってくれた。この地域・三種町特産あわび茸に豚肉を巻いて焼いた料理。あわび茸の食感と豚肉汁を絡め味付けした逸品。苦心の作だけあって味わい深い。ヒロシライブ終わる頃には8人分を3人で食べ切ってしまった(笑)。
田舎ならではの、地元へのこだわりと意地と意欲を感じた。都市に居るだけでは分からない想い。「チバさんは盛岡出身だから分からないだろうけど」と、ここからすりゃ盛岡も充分都市なのだ。秋田市も当然。大曲で微妙くらいか?
「みたね巻」は近々秋田グルメの一つに参入し全国展開する。皆さんぜひ機会あったら食してみて。JETヒロシが「みたね巻」テーマソングを、鬼平が裏ソングを製作する方向(笑)。俺は御意見役って事で。

イベント後、鬼平と別れ、俺とJETはJET実家に送ってもらった。
八郎潟東から、西へ抜けて男鹿半島へ。車で40分くらい。途中、夏なのになぜか霧深い八郎潟(俺は霊感無いが、ここは相当何かある気がする)を抜けると急に勾配激しくなり。
JETヒロシ宅に到着。夜11時頃だったが、男鹿の料理を頂き。焼き茄子やキュウリや。大曲とまた違うんだよな。
翌朝いただいた「いげし汁」、「トマトジュース」も忘れられず。
沢山野菜等を頂いちゃった。全部貰い物だから!チバさん痩せているから食べな!って。

田舎が贅沢しているとは全く思わない。逆に金の代わりに、食べ物を分け合って工夫して美味しく食べて生きているのだ。
一応また書くが、安全地帯で平然と「津波の被害は我欲天罰」一まとめに語った現職都知事ジジイを、俺は許さない。三陸沿岸で死んだ人の無念の一つも奴に分かるか?
田舎なりの、苦労や喜びや。都市部はどれだけ分かっているだろうか?東京も大阪市仙台市秋田市盛岡市も。
俺もまだまだ分からない、でも分かろうと動くと予想以上に感動があるかもよ。

●8月27日・帰路
時間に微妙に余裕あったんで、JETと男鹿半島先端の入道崎へ。東北の日本海先端、スカーッと抜けてたね。なまはげがいっぱい居たぞ(上写真)。
そして東京まで10時間、車を走らせた。途中運転を代わりつつ。
東京とはぜんぜん違う男鹿の世界。でも遠くもないよなぁ。年末の本物なまはげ観たいなぁ。