闘北ツアー 中編

d-chiba2011-06-06

●5/24 岩手大船渡

昨夜の深酒で昼まで眠ってしまい。
目覚めたら、
魔之巣宅近所の昨日はあった2件(全壊宅)の撤去が終わっていた。
早い!町全体を見たら分かりづらいが、確実に進んでいる。
そして見晴らしがますます良くなったなぁ(笑)

とにかく飛び起きて、今日やる予定の作業、
魔之巣宅1階のあちこち穴が開いた壁の修繕を3人で。
本職大工は8月まで忙しくて来れないので、それまでの仮修繕。
だがこれから梅雨も台風もあるので、それなりにしっかりさせないと。
日ごろ食いっぷち稼いでいる大道具仕事が役に立った。

終わって、
次は魔之巣氏の友人宅の倉庫の廃物や泥出し(写真by013)。
この上をライブレストラン「天国」、そしてこの倉庫にライブハウス「地獄」を作るんだ!と魔之巣氏は意気込んでいた。
「地獄」でウケなかったパンクバンドは島流し(向かいがすぐ港で、無人島がすぐ有る)!
そんな話が昨夜から盛り上がっているのだが・・・
この廃物泥出しは、なかなかハードだった。
倉庫中は真っ暗、そして異様に臭い。
案の定、ドロドロに腐ったイカの群れ?に大量の蛆。
正直、人じゃなくて良かった・・・
匂いの元をスコップでガンガン出しては埋めた。
蝿の大量発生は防いだが、廃物を半分も出し切れず、夕方。
当初はこの後またガレキの上で歌おうという話だったが、
魔之巣氏
「いや、風呂借りに行って、飲もう!」
了解〜(笑)
再び、ライブハウス「地獄」の計画話で盛り上がった。
新曲?「復興●っ●ー、重機も勃起」は、あの夜に居た者だけの秘密である。



●5/25 大船渡→岩手一関

起きて、大船渡を出発した。
古いカーナビに何度も振り回されながら(格安レンタカーだからしょうがない)、釜石→大槌町へと行った。
途中、入り江の小さな漁村の全滅状態をいくつか見た。まだほとんど手つかずのようであった。
大槌町はかなり火事もあったようで、黒コゲなガレキが多かった。
工事車両やボランティアがが入る以前の、まだ自衛隊しか作業できないような状態だった。
今回の一番の目的、被災地を見れるだけ見た。
そして車は一関へ。
本日俺は一関でライブ。
013はここでお別れ。電車で東京へ戻るのだ。
5日間共に壮絶なモノを見続けた同士、別れは感慨深かった。
(その後彼は電車に乗り遅れたそうだが・苦笑)


約1年ぶりに来たライブハウス、一関れのん。
マスターhideさんがオープニング。
そして岩手の重爆シンガー・菅原ネンちゃん。
どちらも気合い入っていた。
俺も、見て背負ってきた想いを込めた。
【チバ演目】・ペダル・サドマゾ合戦・I Stand Here・石原ブランド・ぽんぽん・おめあて・グスク山・兄チャン・(アンコール)キムチの鞭

終わって、集まってくれた御客さんと共に、やはり震災話。
地元の小沢が何をしてくれたか?とか。 岩手ならでわな話が尽きない。
深夜1時にお開き。俺は車中泊



●5/26 一関→岩手千厩→岩手盛岡

警官で被災し亡くなったいとこに花を供えたく、千厩へ。
俺の亡き親父の実家でもあり、子供の頃は夏休みのたびに遊びに来たところだが。20年ぶりか?こんな事でもなければ二度と来なかったかもしれない。
昔よくあそんだいとこが引き寄せたのかと勝手に思い込み、しみじみ付近を歩いてみた。
当然だが、彼のご両親(俺の叔父叔母)は今にも泣き出しそうで、でもずっと彼の生前の話や発見された状況の話をしていた。
ただ黙って聞いた。

千厩から俺の実家のある盛岡へ。
親父の墓参りをし、実家に帰り夕飯をいただき。
ずっと盛岡に帰っている兄貴と久々に飲んで話した。
憂いているようだが、今の日本の悪口ばかりなので、
「ヒマならボランティアに行ってくれば?近いんだし」
「いや俺一人が行っても何も出来ねぇ。それよりお前、被災地の交通の妨げになってんじゃねぇの?」
「いや被災地で一度も渋滞になったことはねぇぞ」
だんだん喧嘩になりそうになり。
また深酒してしまった・・・

〜続く〜